ヘビの数 <上> 2002 10/5 某紙掲載
お父さんが一番田舎モン
山あいの村では三月の中ごろから田おこしが始まる。
車を運転していてふと気がつくと、こちらの田んぼ、あちらの田んぼと
黒い土が掘り起こされている。
長い冬枯れの風景を見慣れていた目が一番に春の訪れを感じる時だ。
そのうち田んぼのあぜを歩きながら、
水の入り具合を見て回るおじさんたちの姿も見かけるようになる。
道の脇の水路から勢いよく流れる水の音に気がつけば、
一気に春はやってくる。
村の中を縦横無尽に水路が巡り、
ひと月余りをかけて田はなみなみと水を張る。
春風にさざなみを立ててきらきら光る。
日中少し汗ばむほどに気温が上がった日の夕食時、
Y子は唐突に主人に聞いたのだ。
「お父さん、今日何匹ヘビを見た?」
夕食の会話としては不適当な問いに主人は一瞬引いたが、
「今日は三匹だったかなあ」と答える。
「お母さんは?」と聞かれて、
「今日は一匹」と答えると、待ってましたとばかりにY子は言った。
「やったあ!お父さんが一番田舎モンだ。
私なんか今日は二匹しか見てないもんね」
今日遭遇したヘビの数でどうして田舎者の度合いが決まるのか、
Y子はまだ八歳だった。
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春から秋にかけてヘビは至るところでお目にかかる。
道路でヘビに気づいてあわててハンドルを切ることはよくあるし、
田植えのころには泥だらけのカメも連れ立って横断しているのだから、
よく言えばのどか、言ってみれば無法地帯。
ある秋のこと、家の裏で草取りしていたら、
不意にただならぬ気配を感じた。
振り向いた時には、ついそこで
ヘビがこぶし大のカエルを巻き付けたところだった。
顔を背けて息を殺していた。
ときおり「ミューミュー」と声がする。
間隔を置いてヘビがカエルを締め上げているのだと想像したら、
耐えきれなくなって逃げ出した。
なんの因果でこんな恐ろしいものを見なければならないのか、
ひどく理不尽な気がした。
その夜、この捕物劇を披露したら、Y子の反応はそっけなかった。
「お母さん、ヘビだって生きていかなくちゃあいけないんだよ。
もうじき冬だって来るんだから。
私なんか、ヘビがカエルを飲み込むところだって見たんだから」
ごもっとも。
ヘビがカエルを締め上げたぐらいでガタガタ騒ぐんじゃない。
田の水の上をはうヘビを、今度はトンビがさらっていくのも
きっとY子は見たにちがいない。