山の中のテニスコート <上> 2002 10/26 某紙掲載
使用料は「いりません」
「徒歩十分の圏内に、野球場にフットサルコート、
テニスコート、体育館まであるんだから。
これであとコンビニとCD 屋があれば完璧だね。
文句なしに一ヶ月は遊べるな」
大学生になったばかりの夏休み、我が家のお兄ちゃんは返ってきてこう言った。
彼は中学三年生の二、三学期だけしかこの村で過ごしていないので、
村への感想もどこか人ごとめいている。
飛行場へ迎えに行った車の中で、
「田舎って暇だから何して過ごすかなあ」
とお気楽に言ったものだから、早速、妹のY子の攻撃を受けた。
「お兄ちゃん、何を言ってンの。
草取りだって、畑だって、犬の散歩だって、することいっぱいあるんだからね。
田舎をナメんなよ!」
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来た当初、歩いてすぐの所にある野球場も子犬を遊ばせるのに嬉しかったが、
その隣に誰も使ってなさそうなテニスコートが一面あるのを見て
「整備してたまには二人でテニスをしよう」と主人と話したものだ。
そのうち春夏の草取りと行事ともろもろに追われて、
テニスをしようという意欲はわかなかった。
夏休み、お兄ちゃんの友人が三人来ることになって、
高校のテニス部の仲間だったから、
ネットの所在を尋ねに村の教育委員会に電話をかけた。
「ありゃあハー、ゲートボールで使っとるケエ。
初めのころはテニスをするモンもおったが、
そのうち誰もせんようになったケエなあ。
**さん、テニスがしたいンか」
「息子がテニスコートがあるって言ったから、
友達がラケットを抱えてやって来るんです。」
「そりゃあかわいそうになあ。
そんなら**ダムの***公園へ連れて行ってやりんさい。
あそこなら二面あるケエ」
教育委員会の次長さんはなかなかの美男子で、
私と話すときは完全な石見弁だ。
念のためコートの持ち主である隣の**町役場へ電話をかけた。
「いつでも使っていいですよ」
「使用量は?」
「要りませんよ」
「直接行って、勝手にテニスをしてもいいんですね」
というようなやり取りだった。「勝手に」というのもおかしな聞き方だが、
結局「勝手に」やってもいいということだった。
インフォメーションのあまりのあっけなさに
「草ぼうぼうに石ころだらけっていうんじゃないだろうね」
と、やっぱり田舎をよく知らないお兄ちゃんは懸念して、
気合いの入らなさそうな男の子四人を連れて出かけた。