Iターン日記 (19)

山の中のテニスコート <上>  2002 10/26 某紙掲載

使用料は「いりません」

「徒歩十分の圏内に、野球場にフットサルコート、

テニスコート、体育館まであるんだから。

これであとコンビニとCD 屋があれば完璧だね。

文句なしに一ヶ月は遊べるな」

大学生になったばかりの夏休み、我が家のお兄ちゃんは返ってきてこう言った。

 

彼は中学三年生の二、三学期だけしかこの村で過ごしていないので、

村への感想もどこか人ごとめいている。

飛行場へ迎えに行った車の中で、

「田舎って暇だから何して過ごすかなあ」

とお気楽に言ったものだから、早速、妹のY子の攻撃を受けた。

「お兄ちゃん、何を言ってンの。

草取りだって、畑だって、犬の散歩だって、することいっぱいあるんだからね。

田舎をナメんなよ!」

 

  ***** ***** *****

 

来た当初、歩いてすぐの所にある野球場も子犬を遊ばせるのに嬉しかったが、

その隣に誰も使ってなさそうなテニスコートが一面あるのを見て

「整備してたまには二人でテニスをしよう」と主人と話したものだ。

そのうち春夏の草取りと行事ともろもろに追われて、

テニスをしようという意欲はわかなかった。

 

夏休み、お兄ちゃんの友人が三人来ることになって、

高校のテニス部の仲間だったから、

ネットの所在を尋ねに村の教育委員会に電話をかけた。

「ありゃあハー、ゲートボールで使っとるケエ。

初めのころはテニスをするモンもおったが、

そのうち誰もせんようになったケエなあ。

**さん、テニスがしたいンか」

「息子がテニスコートがあるって言ったから、

友達がラケットを抱えてやって来るんです。」

「そりゃあかわいそうになあ。

そんなら**ダムの***公園へ連れて行ってやりんさい。

あそこなら二面あるケエ」

 

教育委員会の次長さんはなかなかの美男子で、

私と話すときは完全な石見弁だ。

念のためコートの持ち主である隣の**町役場へ電話をかけた。

「いつでも使っていいですよ」

「使用量は?」

「要りませんよ」

「直接行って、勝手にテニスをしてもいいんですね」

というようなやり取りだった。「勝手に」というのもおかしな聞き方だが、

結局「勝手に」やってもいいということだった。

 

インフォメーションのあまりのあっけなさに

「草ぼうぼうに石ころだらけっていうんじゃないだろうね」

と、やっぱり田舎をよく知らないお兄ちゃんは懸念して、

気合いの入らなさそうな男の子四人を連れて出かけた。