ヘビの数 <中> 2002 10/12 某紙掲載
不可抗力の侵入者たち
**村に来てから二年くらいは、トイレにガが入ってきたり、
お風呂場にクモがいると大騒ぎして泣きわめいていたY子だった。
あちこちで頻繁にY子があげる悲鳴に、
なにをしていても飛んでいかなければならない私は、いささかうんざりしたものだ。
いつの間にか変わった。
今ではお風呂からあがってくると、台所に立っている私に
「洗濯機の横に大きなクモがいるから、気をつけてね」と言うくらいだ。
カエルもヘビもクモもガも、みんな五感が受け入れたのだ。
***** ***** *****
問題は主人の方だ。
田に水が張られたころから、当然のごとく、カエルの大合唱。
家の前には十数枚、左横にも十枚近くの田んぼがある。
夜になると前と横から、その声の主がいっせいに押し寄せてくるのである。
ある夜、居間のガラス戸をたたく音がした。
主人が靴をかかえてそこから入ってきた。
「どうしたの?」
「この時季は玄関の明かりはつけておかないように言ってるでしょ」
「カエルが嫌で、ここから入ってきたの?」
「玄関の戸を開けたら、いっしょに入ってくるよ」
「カエルの一匹や二匹、どうってことないでしょ」
次の返事はほとんどマジだった。
こればっかりは私の無神経に我慢がならないといったふうだった。
「一匹や二匹じゃないんだ。
何十匹ってカエルが、ガラス戸一面に張り付いているんだ!」
ここへ来てからしばらくは道路の上の小さな緑のカエルをひくのを嫌がって、
夜は家の前の道をゆるゆる運転していた。
この殺生を今では観念したようだが、
相変わらず夜の玄関先では、それなりのリアクションが続いている。
***** ***** *****
コオロギもいけない。
コオロギの一匹ぐらい、家の中を跳ねていたって何ほどのことかと
ぶつぶつ言いながら、
せかされるままに私は追いかけっこして彼らを外に追い出す。
主人は「日中、全部開け放しておくから、入ってくるんだ」と言って、
不可抗力の侵入を誰かのせいにしないと気が済まない。
「いいお天気にどこもかしこも開け放して、
山や田んぼを見ながらのコーヒーが美味しいの。
音楽だってガンガン鳴らしたって、誰の迷惑にもならないんだから」
と、返す私。
あいも変わらぬ二人のやりとりに、
そのうちY子は知らんふりして自分の楽しみに没頭しているのだった。