Iターン日記 (14)

映画に出てくるみたいな学校 <中>    2002 9/21 某紙掲載

きしむ階段 伝わる年月

木枠のガラス戸で開け閉めする**小学校の昇降口に、

子どもたちのげた箱は片側だけで、

四十数名分から自分の子どもの靴を探すのに手間はいらない。

校長室と職員室の前の廊下には、使い込まれた木の台が点々と置かれて、

植木鉢や折々の花が載っていた。

 

二階への階段はみしみしと音を立て、思わずそっと忍び足になる。

手すりも階段さえも木の角が取れて年月を伝えていた。

ここまで来るとそれまでの気分が何か別のものに変わって、

柔らかで、それでいて改まった空気が流れているように感じられるのだった。

 

七年前、Y子が一年生の秋から通い始めた時には、

まだ頭に大きなリボンをゆわえていた。

丸みを帯びた木の手触りに触れ、

この校舎で季節の光と風を感じながら少しずつお姉さんになっていった。

これはY子にとっても、母親の私にとっても

やすやすと手に入れることのできない、恵まれたことだったと思う。

 

   ***** ***** *****

 

Y子が四年生のころだったろうか、

校庭にイノシシの親子連れが何頭か現れたのだそうだ。

授業中に誰かが窓の外を眺めていたのだろう。

「K先生なんか、イノシシみたいにドドドドドッーって階段を駆け降りていったよ」。

「ほんとうに校庭をイノシシが横切ったの?」

主人とふたり何度念を押して尋ねても、

「だって、みんながイノシシだって言うんだもの。

Yちゃんだって、おじいちゃんがイノシシを捕るんだから、

見分けがつくでしょう」とY子は言った。

 

イノシシも現れる学校だったのだ。

その時は半信半疑だったが、今ならうなずく。

何しろそれから二年後に、私は家の庭でイノシシと見つめ合ったのだから。

 

  ***** ***** *****

 

「学校のプールにはカエルが五匹住んでいる」。

幼かったY子はもっともらしく教えてくれた。

夏休みのプール当番で半日過ごすと、

この学校の子どもたちは誰もがお兄さん、お姉さん、弟、妹なのだと感じる。

みんなプールに入ってもまだ十分にプールは余っていて、

上から下まで遊びたい放題に遊んでいる。

 

子どもたちの声を聞きながら、プールに足を浸して

降り注ぐ太陽の光を浴びていると、時間が止まったような夏を感じた。

子どもたちもいつの日か記憶の中からこんな夏を呼び起こすに違いない。