Iターン日記 (15)

映画に出てくるみたいな学校 <下>    2002 9/28 某紙掲載

感じる「礼節」の空気

小学校では子どもたちは先生からファーストネームで呼ばれていた。

六年生になれば、みんな児童会の役付きになるが、児童会の選挙があった時、

Y子が持ち帰った選挙活動の表を見て、私は思わず笑ってしまった。

立候補した子どもたちの名前がみんなファーストネームで書かれていた。

投票用紙にはフルネームが書かれるのだろうか。

 

私はときに子どもたちの名字が思い出せない。

「ナニナニちゃん」で用を足しているから、

親同士で連絡を取る必要が出ても、電話帳を繰ることが出来ない。

 

幸い村の中では、いつどこの家で子どもが生まれるかはみんな承知しているから、

名前が重なることはないようだ。

同姓が多いから「ナニナニちゃん」で呼び合うほうが確かなのだ。

これはおばあちゃんになってもそのまま「ちゃん」付けで通る。

 

  ***** ***** *****

 

アットホームな雰囲気にあふれているとはいえ、

私はこの小さな小学校で「礼節」という二文字の空気を感じた気がする。

 

まだ二年生だったY子が唐突に言う。

「速きこと風のごとし、林のごとしは何だっけ?」

「エエー、誰に風林火山を教わったの?」

「教頭先生が習字の後黒板に書いて何度も何度も読んだの。

教頭先生って大好き。天気がいい時は散歩に連れていってくれるし、

楽しいお話をいっぱいしてくれるよ」

 

また、ある時は学校から帰るなり私をつかまえて言う。

「今日の晩ご飯はおかゆがいい!」

「病気でもないのにおかゆは変よ」

「だって、校長先生が食べているおかゆがすごくおいしそうなんだもの」

校長先生は胃の手術をされた後だった。

 

Y子があれこれと伝える学校の様子から、

子どもたちが先生と過ごす時間を想像した。

子どもの心が先生の体温をそのまま家に持ち帰ってくる。

教師に対して、ほかの人間関係とは異なった「礼節」の思いを

母親が抱くのはそう言ったところからである。

 

ところで、この**小学校は、

この春に村のもうひとつの小学校と統合された。

今は**小学校の跡地に統合の新校舎を建設中である。

時の波が古い木造校舎の空気を持ち去っていってしまった。

長い年月の手触りに子どもたちが触れることはもうない。