映画に出てくるみたいな学校 <下> 2002 9/28 某紙掲載
感じる「礼節」の空気
小学校では子どもたちは先生からファーストネームで呼ばれていた。
六年生になれば、みんな児童会の役付きになるが、児童会の選挙があった時、
Y子が持ち帰った選挙活動の表を見て、私は思わず笑ってしまった。
立候補した子どもたちの名前がみんなファーストネームで書かれていた。
投票用紙にはフルネームが書かれるのだろうか。
私はときに子どもたちの名字が思い出せない。
「ナニナニちゃん」で用を足しているから、
親同士で連絡を取る必要が出ても、電話帳を繰ることが出来ない。
幸い村の中では、いつどこの家で子どもが生まれるかはみんな承知しているから、
名前が重なることはないようだ。
同姓が多いから「ナニナニちゃん」で呼び合うほうが確かなのだ。
これはおばあちゃんになってもそのまま「ちゃん」付けで通る。
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アットホームな雰囲気にあふれているとはいえ、
私はこの小さな小学校で「礼節」という二文字の空気を感じた気がする。
まだ二年生だったY子が唐突に言う。
「速きこと風のごとし、林のごとしは何だっけ?」
「エエー、誰に風林火山を教わったの?」
「教頭先生が習字の後黒板に書いて何度も何度も読んだの。
教頭先生って大好き。天気がいい時は散歩に連れていってくれるし、
楽しいお話をいっぱいしてくれるよ」
また、ある時は学校から帰るなり私をつかまえて言う。
「今日の晩ご飯はおかゆがいい!」
「病気でもないのにおかゆは変よ」
「だって、校長先生が食べているおかゆがすごくおいしそうなんだもの」
校長先生は胃の手術をされた後だった。
Y子があれこれと伝える学校の様子から、
子どもたちが先生と過ごす時間を想像した。
子どもの心が先生の体温をそのまま家に持ち帰ってくる。
教師に対して、ほかの人間関係とは異なった「礼節」の思いを
母親が抱くのはそう言ったところからである。
ところで、この**小学校は、
この春に村のもうひとつの小学校と統合された。
今は**小学校の跡地に統合の新校舎を建設中である。
時の波が古い木造校舎の空気を持ち去っていってしまった。
長い年月の手触りに子どもたちが触れることはもうない。