I ターン日記 (11)

草取り <中>    2002 8/31 某紙掲載

花を植え草に先手打つ

主人が草刈りに追われているようには見えないから

ひとまず安心といったところだが、

私にとってはこれこそ田舎暮らしの知られざる醍醐味と言ってもいい。

「田舎へ来て何が一番大変か」と聞かれたら、

私なら「草取り」と答える。

 

今住んでいる家は役場の後方、数枚の田んぼを隔てた所にある。

村の定住促進住宅だが、村が建てた家ではなく、

個人の持ち家だったものを村が買い取ったそうだ。

 

この家に以前入ったI ターンの若夫婦はNHKの番組で

ドキュメンタリーを撮られたと聞いている。

I ターンという言葉もまだ一般的でなかった頃で、

村の定住促進事業が注目されていた。

幼い子どもが三人いた若夫婦はその後、村を出ていったそうだが、

仮住まいから新たに家を探していた私たちが借りることができた。

 

本通りから入る道沿いには老人ホームと小さな縫製工場がある。

それを過ぎて一本道へ入るので、

役場の裏手といってもほとんど人通りはない。

かといって人の気配もしないほど寂しいところではない。

日当たりも眺めも実に恵まれていて、隣の家との間には数枚の田んぼがある。

 

家の周囲は広々としていて、このことは主婦である私のテリトリーが、

鍵一つで出入りする都会のマンション暮らしから

数百倍に拡大したことを意味した。

つまり私の責任において幾分なりともきちんとしておかなければならない

土地があったということなのだ。

 

また以前の若夫婦の様子を親切に話してくれる人はそれぞれにいたから、

私がこの家をどのように保つかは、

それなりの関心を持って観察されていたふしがある。

こういうといかにも田舎の煩わしさを絵に描いたようだが、

そういうことではなく、新しい住人の暮らしぶりが周囲の人から

観察を受けるのは避けて通れないと理解している。

 

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ガーデニングに特別な興味があったというのではなかった。

田舎暮らしへの憧れが自家用野菜を作らせたのでもなかった。

私の場合は、家の周囲をみっともない様子にはしておけないというその一点で、

草取りをし、草に先手を打つために花を植えたのである。

 

これはいかにも楽しくない発想だった。

実は私は、田舎へ行ったら草取りが待っているなんて、思ってもみなかった。

明らかに想像力の欠如と言うしかない。