⬜︎⬜︎トンネル <下> 2002 7/20 某紙掲載
不思議の国へ導く扉
「山並みハイウエー」が終わると⬜︎⬜︎トンネルにさしかかる。
このトンネルは峠をくりぬいてできている。
昔いくつもの峰の向こうに、
あちらの国こちらの国が眺められたということだろうか。
Y子はここを通るたびに時々思い出したように
「このトンネルは○○村のトンネルなの、○○市のトンネルなの?」と尋ねていたが、
やって来てから六年もたって、やっと理解した。
トンネルの手前にいつの間にか「○○市」という標識が立っていた。
○○村のトンネルだったのだ。
ところが主人が役場の人に尋ねたら「半分ずつじゃないの」と言われたそうだから、
結局今でも私たち家族にとって、
このトンネルは不思議の国へ出入りする扉のような役目をしている。
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他の土地の人で、○○村を知っている年配の人はたいてい言う。
「○○へ上がるとなると弁当を持っていったもんだ」。
小さな村はいくつもあったろうに、
○○村だけは「ちょっとそこまで」と言う具合ではなかったらしい。
今でも日常会話の中では「下に降りていたから」
「これから上がる」というフレーズが自然に交わされている。
「どうして『上がる』とか言うのかなあと思っていたけれど、
○○へ来て実感として分かったわ」と、私の妹も言ったことがある。
トンネルができてもハイウエーができても、
ここに住む人もそうでない人も「アガル」「オリル」という言い方で
この村を出入りするのだから、
一層この村をどこか他にはない村のように感じさせてしまう。
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⬜︎⬜︎トンネルを抜けると、ふいに○○村は姿を現す。
柔らかな山々の稜線が重なって、
のんびりした波のようにずっと先まで連なっている。
空は手の届きそうな近さで広がり、
その下に人が年月を重ねて手を入れた村がある。
道を挟んで左手の山沿いには家々が点在し、
右手には田んぼとタバコ畑が起伏の中に並んでいる。
家家の周りの野菜畑は、
遠目にも黒々とした土と緑の野菜の列がはっきりと見える。
ここでは四季折々の気配が、一日の朝と夕べの気配が、くっきりと表れる。
光と風が休みなく色と影をつくり、日を巡り、季節を巡る。
時の流れが人を包んで繰り返すような、そんな幸福な思いを誘い出す。
⬜︎⬜︎トンネルを抜けると、
冬にはほんとうにそこから雪が舞い始めるのだ。
○○村はトンネルの先に浮かんだ村なのである。