⬜︎⬜︎トンネル <中> 2002 7/13 某紙掲載
心動かされる四季の表情
海辺の○○市の街を背にして、五、六分も走るとすぐに家が途切れる。
畑や田んぼの間を、対向車もまばらな直線の県道が通っている。
内緒の話だが、時速八十、九十㌔で飛ばす車はざらで、
とろとろ六十㌔で走っていようものなら迷惑になりかねない。
ある時、何かの会合で出会った村の前校長先生が小声でささやいた。
「この前、白バイに止められてねえ。
知らない間にアクセルを踏んでいたんだなあ」
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山際に差し掛かってくると、途端にくねくね道になるが、それも五分ほど。
私にとっては、山に入るぞという気合になる。
この間をやり過ごせば、私たち家族が勝手に名付けた「山並みハイウエー」が始まる。
カーブ、カーブの道をぐんぐん上っていくので、時々耳がジーンとする。
ジーンの二回目にはごくんと唾を飲み込む。
三百㍍余りの標高差を十分もかけずに上るのだ。
この「山並みハイウエー」は私たちが村に来てから一年後に通じた。
それまでは、所々に車を交わす道幅を取っている程度の、
木々の間の山道を上ったのだ。
引っ越して初めて上った時には「この先に本当に人が住んでいるの?」と、
運転する主人に本気で何度も尋ねた。
山の中に分け入っていく気がした。
道を横切る大きな亀をどかしたり、夜のヘッドライトの光の中で
初めて出会うキツネやタヌキに大喜びする山の道だった。
残っている途中五分ほどのくねくね道も、別にトンネルを掘って
「山並みハイウエー」につなげる大きな工事がされているから、
もうすぐ一気に○○市から○○へ上っていけるようになる。
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上りながら眺める山の様子も空の様子も、日に日に色を変え、
表情を変えて見せる。
これはこの村に暮らしている者にしか与えられない恩恵だろうと思う。
ある一日をふっと切り取ってみても、
おそらく本当の美しさに触れたことにはならない。
毎日が重なって自然の移り変わりの妙につくづく心動かされるのだ。
ただ眺めて走っていたいのに、このハイウエーをすごい勢いで上る車もいる。
一人で走っているつもりのところへ、
ふと気が付くと後ろにぴったりつけられていたりする。
慌ててアクセルをしっかり踏むが、
それでも我慢できずに追い越していく車もいる。
「ガソリンを撒き散らしている」とぶつぶつ言いながら、
また一人、のんびり上っていく。