I ターン日記 (4)

⬜︎⬜︎トンネル <上>  2002 7/6 某紙掲載

田舎暮らしに反応する舌

移り住んで半年過ぎたころには、Y子は

「山、山、山、もう見飽きちゃった」と車の中で嘆いた。

「これならビル、ビル、ビルの方がまだましだった」とも言った。

一昨年、遊びに来た台湾の友人も連れ歩いた三日目には

「マウンテン、マウンテン、マウンテン」と英語でつぶやいていた。

 

出雲を抜け太田の手前から右に海を見ながら国道9号を走っていると、

左には絶えず迫ってくる山を感じている。

山陰という名称は確かに地形を表しているが、実は出雲地方と違って、

石見地方は晴天日数の多いことで全国でも指折り数えられる地域だ。

呼び名に似合わず太陽はあふれんばかりに降り注いでいる。

 

○○の海が見えた辺りでちょうど夕陽が沈んでいく時間帯に出会うと

なかなか圧巻だ。

夕日もいかにも陽性といった感じで、もの思わせるような風情ではない。

腕ずくで空と海を赤く染め上げるダイナミックな太陽だ。

 

  ***** ***** *****

 

人口四万七千人の○○市は

地方都市によくあるどこか寂しげなところがないわけではないが、

そんなことを気にしていないようなあっけんからんとした雰囲気だ。

湿っぽい感じがしないのだ。

晴天日数が多いから、そういう印象になっているのかもしれない。

 

七年前に私たちが来た時はファーストフード店は○○市の「道の駅」しかなかった。

サンドイッチのスタンドもなければ、コーヒースタンドもない。

手軽に寄り道できる店がないのは、

かなりのウエートで欲求不満に感じた。

松江に出かけるときには、待ちかねたように出雲辺りで立ち寄ったり、

広島で飲むコーヒー一杯がたわいもなく嬉しかったものだ。

 

しかし田舎暮らしも長くなると忘れて暮らすようになった。

村の生活では食事のほとんどを家で済ませなければならない。

考えたら、生活習慣が食の習慣を決めるという実に単純な話だったのだ。

 

近ごろではたまに外で食事をしても、○○に帰り着く前に

決まって誰かが「のどが渇いた」と騒ぎ出して、

いつの間にか舌のほうが田舎暮らしに反応するようになっていた。

 

ファーストフード店も増えた。

二年前には国道9号沿いに全国展開のコンビニが姿を現した。

それ以降国道沿いにはコンビニばかりがにぎやかだ。

語弊があるかもしれないが、音を立てずに何かが進んでいるような、

ふっとそんな気がする時がある。