引越し荷物 <中> 2002 5/25 某紙掲載
欲しい物は時間かけて
さて、家電が問題だった。
引っ越してきた当日、一番に電気を入れた冷蔵庫が冷えなかったのである。
手伝いに来ていた実家の父がその夜、ウイスキーも飲めないと知るや、
もう暗くなったのに、○○市の電気店に電話をして、
新品の冷蔵庫を無理やりに持って来させた。
村の隣のスーパーで氷を買って間に合わせようとしたのだが、
ロック氷は売っていなかった。
「えっ、氷も売っていないの」とちょっと慌てた。
このことは、その時の私には結構重大な問題に思われた。
以後常に氷の余分をせっせと作って備えたが、
半年たった冬に雪を見たお兄ちゃんが、
「雪で頭も冷やせるよ」と言ったので急に肩の力が抜けた。
子どもが熱を出したときには、
コンビニに氷を買いに走るのが1番の行動だった私から、都会の垢が一つ落ちた。
それにここでは買い出し用の保冷剤が夏も冬も冷凍室で冷えていたのだ。
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洗濯機もどういうわけか一ヶ月もしないうちに回らなくなった。
もともと古かった電子レンジは一年たって使えなくなり、
ビデオデッキは「故障を直すより買った方がいい」と言われ、
以後わが家で買い替えの話はうやむやになった。
「ビデオデッキもない家なんかない」とY子に言われたが、
ビデオがあったら最後、
九時には寝る約束のY子がドラマを撮りまくるに決まっている。
それを私の力では阻止できない。
「どうして見ちゃあいけないの?」と聞かれたら、
「いやだから」というしかないのだが、今どき親子の間では理不尽は通らない。
しかも普段から、母親の方も毅然とした子育てをしていないので、
子どもには簡単にすきを突かれる。
結局、ない方がすっきりしている。
あれもこれもあれば母親はかえって下手な配慮を重ねて、
子どもとの付き合いがややこしくなる。
それに子どもというのは案外に見栄とは無関係に生きているらしく、
「無い袖は振れない」と示してやるのが一番納得するのだと気が付いた。
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都会の暮らしでは物が一つ消え、また一つ消えることはめったにない。
環境に順応しやすい幼かったY子が、
村に住んで物との付き合い方を一番に学んだようだ。
おいそれとは手に入らない物を、彼女は時間をかけて温めることを覚えた。
欲しい物は下見を重ねて簡単に妥協しない。
東京で彼女を育てていたら、
彼女は物ともっと違う付き合い方をしていただろうと思うのだ。