I ターン日記 (3)

引越し荷物 <下> 2002 6/29  某紙掲載

クーラーが必要ない夏

エアコンだけはちゃんと動いていたが、

一年後に村の中でもう一度引っ越した時、

この村ではクーラーは必要ないということで、前の家に置いてきた。

夏の日中、かなり気温は上がるが汗という物が不快でない。

夕方からはしのぎやすくなって、ひと風呂浴びればさっぱりする。

春から同じ長袖のパジャマで過ごすこともできる。

もちろん夜はどこの窓もきちんと閉めて寝る。

 

夏がさっさと通り過ぎていく。

梅雨が明けてから一気に暑くなり、お盆を過ぎればもう空が高く透き通ってくる。

流れる雲も、明け方にうるさいほど鳴くヒグラシの声も

みんな過ぎていく夏の表れだ。

 

あんまりあっけなく夏が終わってしまうので、

九月に入れば私はいつも同じ歌を思い出す。

「あの夏の光と影はどこへ行ってしまったの」と歌う石川セリの「八月の濡れた砂」。

 

東京の長い夏は家の中のもめごとの種だった。

エアコンの操作をめぐって、暑いだの寒いだのと騒ぎ、

食欲をなくす者や風邪をひくも者が必ずいた。

夏が終わるまでがずいぶん長く感じられ、

九月に入れば待ちかねたように秋の洋服に手を通して残暑をこらえたものだった。

 

実を言うとここに来た最初の夏、

役場が窓を開け放して仕事をしていたのには、ホントびっくりした。

クーラーをつけていない役場があるなんて。

 

しかし、そのうち主人も事務所のクーラーをつけなくなった。

日盛りに事務所をのぞいた私が、鼻の頭に汗をかいている主人に、

「クーラーぐらいつけたらいいじゃない」と言っても生返事をするだけだった。

隣の工場では汗を流していると言う遠慮もあったろうが、

要はやっぱりしのげる暑さだったのだ。

 

   ***** ***** *****

 

さて東京から連れてきたカメさんだが、一年後の夏、家の前の川に放した。

こんな田舎で水槽に飼うのは変だと言う話になった。

「学校の前の川にも同じカメがいるよ」とY子も言った。

 

七、八年も水槽で暮らしてきたカメが川で生きていけるか心配だったが、

お兄ちゃんが松江市の高校へ入学し、世話役の回ってきた私は、

「カメだって広い川がいいよね」と言い訳した。

 

この川は主人が通う事務所の横を通っている。

ある日そこに架かる細い橋の上から甲羅干しをしているうり二つのカメを見つけた。

カメにうり二つもないが、あのカメが元気でいると勝手に決め、

それからも時々見かけては嬉しくなる。